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劇団ひとりはアラスカからの帰国子女だった!

最終更新日: 2016年03月30日
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大沢あかねさんとの結婚生活も順調で、今年の8月には第二子も誕生予定の劇団ひとりさん。

 

まさに幸せの絶頂期にあると言えますが、実は幼少期は色々と苦労をなさっていたようで・・・?

 

今回の「教えてトピック」では、 「劇団ひとりさんの幼少期の海外生活」について見ていこうと思います。

 

海外生活といえば優雅なイメージがありますが、はてさてどのような苦労があったのでしょうか?

 

それではさっそく見ていきましょう!

 

ちなみに、劇団ひとりさんと大沢あかねさんの馴れ初めの記事はこちら

http://girlschannel.net/topics/600140/

10歳の頃の劇団ひとりさん。ピエロになるのが夢だったのでしょうか??

劇団ひとり(本名:川島 省吾)さんの父親は日本航空のパイロットを務めていたようですね。(ちなみに母親は元客室乗務員。)

 

その仕事の関係で、川島家は一時期アラスカのアンカレッジという都市に住んでいたことがありました。(年代で言うと1980年代半ば)

 

補足:なぜ当時の日本航空のパイロットはアラスカに赴任することになるの?

調べてみたところ、アメリカとソ連の冷戦時代(1945年~1989年)はソ連の上空を航空機が飛ぶことは難しく、日本からヨーロッパに行く際はどうしてもアラスカを経由しなければならなかったそうですね。

また日本からアメリカに行く際も航空機の航続距離の関係で、同じくアラスカを経由しなければならなかったとか。

こういった事情から、日本航空のパイロットをはじめ航空関係者はアラスカに住むことが多かったようです。長文失礼しました(o_ _)o

 

川島家がアラスカに住み始めた頃、劇団ひとりさんはまだ小学2年生でした。いきなりの環境の変化に当時はかなり戸惑っていたようですね。

 

そのため、学校での生活でもなかなかクラスメイトとコミュニケーションがとれずに苦労したようです。

 

その時のエピソードを以前テレビ番組で語っていたことがあります。ひとつご紹介しますと・・・

お弁当としておにぎりを持っていったが、「ライスボール」とからかわれ、キャッチボールのボールとして投げられてしまった。

芸人となった今ならその場をうまく切り抜けることができるでしょうが、小学生の身では耐えることしかできなかったでしょうね。

 

こんな生活のなかでも、心の支えとなる存在はいました。元フィギュアスケート選手の村主 章枝(すぐり ふみえ)さんです。

 

実は村主さんの父親も日本航空のパイロットであり、その関係で幼少期にアラスカに住んでいたのです。しかもご近所さんだったとか!

 

4歳ほど年の差がありましたが(劇団ひとりさんが年上)、二人はよく一緒に遊んだそうですね。

 

こうして、劇団ひとりさんは慣れない外国の地で3年間を過ごすことになります。帰国したのは小学校5年生の時でした。

 

※追記

アラスカに住んでいた頃はいい思い出がないという劇団ひとりさんですが、アラスカの小学校にも親友と呼べる友達がいたそうですね。

その子の名前は「アダム」。

小学5年生になって、帰国することが決まっても、劇団ひとりさんはアダム君にそのことを伝えることが出来ずにいたそうで・・・

帰国する前日に、日本に帰ることを伝えたそうですが、アダム君はそれを冗談だと受けとってしまったのだとか。

そして、二人はそのままお別れすることになります。

この話は、『映画ちびまる子ちゃん イタリアから来た少年』で声優を務めた劇団ひとりさんとパパイヤ鈴木さんの対談の中で出たもののようです。

劇団ひとりさんはアダムさんに会いたいと思っているのでしょうか??

その部分については語られなかったようですね。

 

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帰国後は帰国子女としての苦労が・・・

小学生時代に学校生活で苦労した経験があったためか、帰国後は周りのクラスメイトに溶け込むため、帰国子女ということは内緒にしていたようです。

 

英語の発音はわざとカタカナ英語っぽくしていたとか。

 

しかし染みついた英会話能力はなかなか隠せないもので、学生時代の劇団ひとりさんは、ある時「みんな!マクドナルドに寄っていこうよ!」と言うはずが・・・

 

「みんな!(実にネイティブな発音で)MacDonaldに寄っていこうよ!」と言ってしまったそうですw

 

友達は妙に発音がいいことを怪しんでいたそうですねw

まとめ・知ったか振りポイントはココだっ!!

もし「劇団ひとりって帰国子女なの??」と聞かれたら、ドヤ顔しながら次のようなことを教えてあげましょう。

劇団ひとりは

  • 幼少の頃、父親の仕事の関係でアラスカのアンカレッジという都市に3年ほど住んでいた。ちなみに父親は日本航空のパイロット。母親は客室乗務員。おそらく職場結婚。
  • 元フィギアスケート選手の村主章枝さんとはアラスカにいた頃の幼なじみ。

これであなたも劇団ひとりさんについて知ったか振りできますね!

 

ところで、英語圏に住んでいた人が日本に帰国した場合、夜見る夢の中の言語はどうなると思いますか??日本語か英語か。

 

劇団ひとりさんはしばらく英語だったそうですよ。面白いですよね~

 

さて、今回もお付き合いいただきありがとうございました!

 

また次回の「教えてトピック」でお会いしましょう(´∀`*)ノBye

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おまけ・20年振りの幼なじみとの再会

アラスカに住んでいた頃の幼なじみであった劇団ひとりさんと村主章枝さん。

 

二人はいつ再会したのでしょうか??片や芸人、片やフィギュアスケート選手の道を歩んでいましたから、接点は少なそうですよね。

 

調べてみると、二人は2006年7月25日におよそ20年振りの再会を果たしていました。

 

この日は『ナルニア国物語第一章:ライオンと魔女 コレクターズエディション』のDVD発売を記念して、村上章枝さん(当時25歳)によるアイスショーが行われていました。(場所は新横浜プリンスホテルスケートセンター)

 

そこにゲストとして来たのが劇団ひとりさん(当時29歳)。

 

二人は再会を喜び、20年振りの会話を交わしていたそうですよ。

めでたしめでたし。

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