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五代目江戸家猫八は息子である小猫が襲名か?過去には難病経験も

最終更新日: 2016年04月02日
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四代目江戸家猫八さんが進行胃がん(スキルス胃がん)で亡くなられました。

 

息子である二代目江戸家小猫さんは、1日の『ミヤネ屋』に生出演し、父親が天国でもうぐいすの物まねが出来るように指を口に入れた形で埋葬したことを明かしました。

 

今後「江戸家猫八」の名は小猫さんが襲名するものと思われますが、筆者は小猫さんのことをあまり良く知りませんでした。

 

なので、今回いろいろと調べてみたのですが、かなり壮絶な人生を歩んできたことが分かりました。

まずは小猫さんのプロフィールをご紹介しましょう。

本名は「岡田真一郎(おかだしんいちろう)」といって、生年月日は1977年5月11日生まれのおうし座。血液型はAのようです。父親は四代目江戸家猫八である岡田八郎さんです。

 

小猫さんの身長は160cmで体重は54kgと比較的小柄な体型をしているのですが、これは後ほど話す過去の闘病生活の影響のようですね。

 

趣味はイラストを描くことと動物園巡り、そして写真を撮ることのようです。イラストの腕前はなかなかのもので、4代目江戸家猫八さんが本を出版された時は表紙のイラストを描いたことがありました。

小猫さんも父親と同じく動物の鳴きまね芸をするのですが、その芸の質を高めるため、暇を見つけては動物園に通っているそうです。動物園巡りは趣味であると同時に仕事の一環でもあるわけですね。

 

そんな小猫さんの初舞台は7歳の頃でした。この時は父親と祖父である三代目江戸家猫八さんが一緒の親子三代での舞台となりました。 (当時四代目江戸家猫八さんは初代江戸家小猫を名乗っていた。)

高校3年生の頃に突然難病を患うことに

小猫さんは小学校時代はサッカー、高校に入ってからはラグビーをするなどバリバリの体育会系だったようですね。

 

ところが、高校三年生の頃に突如「ネフローゼ」という難病を患ってしまいます。

※補足 「ネフローゼ」とはどんな病気?

症状としては、体中にむくみが発生するようです。これは、尿を通じて必要以上にタンパク質が排泄されてしまうことが原因で、ひどい時には心臓にも水が溜まることがあり、下手をすると腎不全や心筋梗塞、脳梗塞を併発することがあるとても恐ろしい病のようですね。

小猫さんは塩分制限と投薬による治療を続けましたが、なかなか効果が現れなくて、1年ほど入退院を繰り返す生活を送ったそうです。そのため大学受験も出来ませんでした。

 

なによりも一番つらかったのは薬の副作用で発症した骨粗しょう症でした。骨と筋肉はやせ細り、転んでいないのに背骨を骨折してしまい、 この影響で身長が8cmほど縮んでしまったそうです。

 

そんなつらい闘病生活の心の支えとなっていたのが「イラストを描くこと」と伝統芸能に伝わる「守破離(しゅはり)」という言葉でした。「守破離」とは「守る、破る、離れる」ということ。この言葉を自分の闘病生活に置き換えて、 「病気について学びをよく知った上で、少しずつ自分なりの生活リズムを模索し、そして最終的には病気から離れていこう」と考えていたようです。

 

いきなり病気を完全に治そう!と考えてしまうと人間は焦り、精神的にまいってしまいます。小猫さんは「守破離」という言葉に従い、細かくプロセスを踏んでいくことで、無意識のうちに精神的な負担を減らすことに成功していたのでしょうね。

2011年に二代目江戸家小猫を襲名

つらく苦しい闘病生活を乗り越え順調に回復していった小猫さんは、2009年に立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科に入学し、修士課程を修了します。大学院に行ったのは、社会に出て行く前のリハビリが目的だったようです。

 

大学院を出て、次に考えたのは自身のこれからの進路。小猫さんは病気中には諦めていた芸能への道を志すことになります。きっかけとなったのは、2009年に父親が四代目江戸家猫八を襲名したことでした。

 

その日から小猫さんは父親が得意としていた「うぐいすの鳴きまね芸」の特訓を始めました。目標としたのは「二代目江戸家小猫」を襲名すること。

 

そして、父親と群馬県の法師温泉に行った際に、「うぐいすの鳴きまね芸」を披露して、襲名したい旨を伝えたそうです。2009年6月のことでした。

 

はじめは何も言わなかった四代目江戸家猫八さんでしたが、その日の夜に一緒に温泉に入っていた時に、許してくれたそうです。

 

こうして2011年3月に、「二代目江戸家小猫」は襲名されました。

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五代目江戸家猫八の襲名 父親の息子に対する思い

小猫さんが芸能の道を志すきっかけになった、2009年の「四代目江戸家猫八」襲名。

 

猫八さんが2009年という年を選んだのには訳がありました。

 

実は先代の三代目江戸家猫八さんが亡くなったのは2001年12月10日で、本当ならもっと早くに四代目を襲名してもよかったのです。ですが、猫八さんはあえて襲名を遅らせました。その理由となったのが、三代目が生前に語っていた次のような言葉です。

 

「俺が88歳になったら、猫八はお前が名乗るといい。俺は八十八(やそはち)とでも名乗るかな。」

 

三代目は、自身が88歳になると同時に「江戸家猫八」の名を譲る気でいたのです。しかし、その時を迎える前に三代目は他界してしまいます。

 

実は2009年が「三代目が88歳を迎えるはずだった年」でした。

 

こうして「四代目」を襲名した猫八さんは、小猫さんが芸能の道を目指すことを決めた時に、すでに「五代目」の襲名時期を決めていたそうです。

 

それは「自分が88歳になった時」。四代目猫八さんは三代目とあえて同じことをしようと考えていたようです。

 

しかし、その夢は破れてしまいました。

 

おそらくですが、小猫さんが「五代目江戸家猫八」を襲名するのは2037年になると思います。

 

この年は「四代目が88歳を迎える年」ですから。

まとめ

小猫さんにとって父親と一緒に仕事をしたのは3月8日に放送された「徹子の部屋」が最後になってしまいました。

 

実は今年の1月の時点で、猫八さんの余命が残りわずかであることは病院の診察から分かっていたそうです。

 

二人がどんな気持ちで出演したかを考えると、胸が張り裂けそうな気持ちになってきます。

 

いまはただ猫八さんのご冥福を祈ります。

 

関連記事→江戸家猫八さんの死因である「スキルス胃がん」とはどんな病気?症状や予防法、治療法をまとめてみました。

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