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フルベッキ写真の真実とは?合成?西郷隆盛や明治天皇がいる?

最終更新日: 2016年04月04日
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BSジャパン『歴史ミステリーロマン』で「フルベッキ写真」が取り上げられて話題になっているそうですね。

 

結構有名な写真らしいのですが、筆者はあまり詳しく知りませんでした。

 

なので今回は「フルベッキ写真のどこが謎なのか?そもそもどういったものなのか?」というテーマで記事を書いてみることにしました。

 

それではさっそく見ていきましょう!

フルベッキ写真とは一枚の集合写真のことで、これにはフルベッキというオランダ人の宣教師と彼の子供、そして44人の武士が一緒に写っていました。

 

画像を載せておきます。↓

この写真の謎は「44人の武士達の正体が分からない」ということでした。

 

そもそも「フルベッキ写真」が世に知れ渡ったのは、1895年に発売された『太陽』という雑誌に写真が掲載されたことがきっかけだったのですが、44人の武士については「佐賀の学生達」と紹介するに留まっていたのです。

 

その後、この写真に興味をもった学者などが武士達の名前を特定する作業を開始しました。この作業は昭和の時代から盛んに行われていたようで、論文なども発表されていたようですね。

 

 

 

また、学者達による人物の特定作業の裏では「写真の真贋論争」もおきていました。

 

写真が偽物であると主張する人によれば、「これが撮られた時代を考えると、写りが良すぎる。よって合成されたものだ。」ということでした。

 

しかし、こちらの論争については「フルベッキ写真は合成ではなく本物」ということで決着しているようです。理由は「このレベルのものは当時の技術でも十分に可能であり、撮影者である上野彦馬もかなりの技術を有していたことから」だそうです。

 

では、写真が本物だとして、写っている人達はいったい誰なのでしょうか?

人気だったのは「明治維新の志士が写っている説」

真実であるかは別として、民衆の中で人気があったのは「フルベッキ写真には明治維新の志士達が写っている説」でした。

 

この説は昭和49年(1974年)に島田隆資という人が発表したもので、彼の主張によれば、「この写真には坂本龍馬や西郷隆盛をはじめ、明治維新に関わった志士達が写っている」ということでした。

 

島田氏の主張は学会などでは相手にされなかったものの、分かりやすさとインパクトから一般大衆の間では受け入れられていき、やがて有志の人達によって島田氏が特定した人物以外の人にも次々と名前がつけられていきました。

 

そして、「この中には明治天皇も写っている!」という説まで飛び出し、最終的には44人すべてに名前が割り振られました。

 

その結果がこちら↓

そうそうたるメンバーですねw

 

さすがに明治天皇が写っているというのは信じられませんよね^^;

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現在もっとも有力な説は?フルベッキ写真の真実!

現在もっとも有力な説は、「佐賀藩が長崎に設けた英語の学校である致遠館に通っていた生徒達である」というものです。撮られたのは明治元年(1868年)頃とされています。

 

新たに発見された証拠などから人物名の特定がすすんでおり、現在確定している人物は「岩倉具定 岩倉具定 折田彦市 相良知安 石丸安世 山中一郎」の6人だそうです。

 

逆に「写っていることがあり得ない」とされている人物は「坂本龍馬 高杉晋作 中岡新太郎」です。彼らはこの写真が撮られたとされる1868年には既にこの世にはいなかった人物達です。(いずれも1867年没)

 

現在も特定作業が進んでいるそうなので、「フルベッキ写真」の真実が明らかにされる日もそう遠くはないでしょう。

 

もし今回の記事で「フルベッキ写真」に興味をもたれた方は色々調べてみることをおすすめします。

 

歴史やオカルト好きな方ならハマってしまうこと請け合いでしょう。

 

書籍で調べてみたい!という方には「フルベッキ写真研究家」の斎藤 充功氏が書いた本がおすすめですよ^^

 

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